展覧会 海辺と椅子Ⅱ – the Chairs, by the Sea II –
ヴィンテージ家具の勉強会Vol.02 by Objet d’ art 笹ヶ瀬皐さん
SCÈNEでは2024年8月10日から9月4日まで、展覧会”海辺と椅子Ⅱ – the Chairs, by the Sea II -”を開催し、ヴィンテージの椅子と海辺や水辺をテーマとして制作された絵画を展示。都会の喧騒を離れて、ゆったりと海の潮風を感じていただけるようなシーンをご提案いたしました。
椅子は、ヴィンテージ家具を中心に扱われているギャラリー「Objet d’ art」様にご協力いただき、海辺に置きたい椅子をテーマに、フランスやブラジル、デンマークなど、さまざまな国のデザイナーによる作品をご出展いただきました。また前回もご好評をいただいた、Objet d’ artの笹ヶ瀬皐さんによるヴィンテージ家具を学ぶ会第二回を開催し、各椅子の魅力や、ヴィンテージ家具市場の今とこれからについてなど、気になる点をたくさんお話いただきました。展覧会のお写真と共にお楽しみください。
将来のヴィンテージ家具を見つけることは可能か
- Q:
- 前回のレクチャーでは、ヴィンテージ家具をより深く楽しむための事前知識として、ヴィンテージ家具の定義や、特に人気の高いミッドセンチュリーの家具の多くに共通する「モダニズムの思想」についてお話いただきました。今回も、いくつか集まっている質問からお伺いします。
まずは、知っているようで意外と知らない、リプロダクトとオリジナルヴィンテージの違いについて教えてください。
- A:
- まず、全ての始まりである「オリジナル」、そして「ヴィンテージ」についてご説明します。クライアントからの依頼や、メーカー・ひいては自分自身の展示のためなどで、建築家やデザイナー自身がデザインして制作したプロダクトのことを指します。これらは、クライアントワークであればその納品先で使用されたり、市場に流通したりしますが、一定の生産数や期間をもって、その販売は基本的に終了します。
それらの中でも特にデザインが優れていたり、時代性や作家性が認められたものが、時を経て「ヴィンテージ」家具として注目を集めていきます。数の少ないものは、価格が高騰していきます。当時の素材と技法で生産されており、往々にして、人々に使われてきた痕跡があります。
対して「リプロダクト」とは、過去デザインされた家具について、当時のデザイナーや財団の許可を得て、オリジナルのレシピを基に忠実な復刻版として生産されたものを主には指します。ただし、より安価で形としては似ているが、全くの別物といったものも存在します。いずれにせよそれらは、古材を用いたものであっても現在入手可能な素材が用いられ、新品で購入されます。
さらに、「現行品」というものもあります。オリジナルと同じレシピを基にしつつも、現代の環境に合わせて形や素材に調整が入ったものを主に指すのですが、当時と同じ手法や材料をもってしてファミリービジネスとして製造を継続しているという工房もあります。
例えば、ピエール・ジャンヌレの椅子は、オリジナルとリプロダクトが存在していますが、現行品はないと考えられます。その他にも今回の展覧会で紹介したリナ・ボ・バルディの作品は現在でも当時と同じ工房が生産を続けていますし、日本では天童木工の手がける名作家具は現行品と考えることができると思います。著名なデザイナーのデザインによる家具の再生産は厳密に管理されているため、そうとわからないものについては、単純には言い表せませんが、コピー品の可能性があるかもしれません。
- Q:
- では、例えば現行品を購入し、家で使ってセルフヴィンテージとするのはどうでしょうか? 将来的な価値向上を見越して試みることは可能なのでしょうか? エルメスの指輪を30年持っていて、自分の手元でヴィンテージとしてかっこよく身につけている方もいます。
- A:
- 未来にそれがどんな佇まいとなっているか、時代を代表する優れたデザインとして多くの人に認められるかは、60年後になってみないとわからないというのが実際なのですが、気に入った良いものを大切にしていくことは、そもそもとても素敵なことですよね。
さて、将来の価値を見越して未来のヴィンテージを探すということを考えた時、例えば先ほど例に挙げたリナ・ボ・バルディの椅子の、現行品を購入した場合を想定してみました。彼女が設立したバラウナ工房という家具工房で今も生産されているデザインがいくつかありますが、万が一将来この工房がなくなっていたとしたら、現在のヴィンテージ家具の数々のように、価格が高騰しているような未来もありえます。しかし、生産数が多すぎたり同じものが今も作られていたりすると、希少性が低く市場が育たないことがあるので、見極めは難しいかもしれません。逆に、個体数が極端に少ない場合も、価格がつかないことがあります。
また考え方が変わってしまいますが、現在のデザイナーや作家が「今」作っている家具に関してはヴィンテージになり得る可能性もあります。それも先述の通りではありますが、制作者本人が存命時に作られているものをオリジナルと捉えることもできるので、そういった現在作られている素敵な作品がヴィンテージとして残っていく未来が来ることを期待しています。
ヴィンテージ家具市場の今と、これから
- Q:
- コロナ禍には、家で過ごす時間も増え、ヴィンテージ家具が大きな注目を集めました。今では手が出せないほど高価になってしまったものも多いですが、市場はどうなっているのでしょうか。
- A:
- 当時、急激に人気の高まったピエール・ジャンヌレやジャン・プルーヴェの作品は相変わらず人気がありますが、おっしゃる通り市場価格は上がり切っているような印象もあります。特にジャン・プルーヴェの椅子はあまりに人気が高く、ほとんど表に出てこない状況です。そこで、新たなデザイナーたちにも注目が集まってきています。例えば、コロナ禍前から徐々に人気が出始めていたブラジリアン・ヴィンテージやジャパニーズ・モダンの家具は、今特に注目度が高まってきていると言えるのではないでしょうか。
- Q:
- 本展にある椅子は、時代は近しいものの、さまざまな国のデザイナーの手によるものですね。先ほど話題にあがった、ブラジルや日本のデザイナーの作品もあります。それぞれの特徴や、お互いの関係性や違いなどもわかると楽しそうです。
- A:
- はい。前提として海辺に飾りたい椅子をテーマに選ばせていただきましたが、ご存知のジャン・プルーヴェやシャルロット・ペリアンといった大御所の作品がありつつ、ルーマニアにルーツのあるマリア・ペルゲイやブラジルで活躍したリナ・ボ・バルディ、同じくブラジルのデザイナージョゼ・ザニーネ・カルダスといった、今後さらに注目を集めていくであろうアップカミングなデザイナーの作品を揃えていますので、比較して楽しんでいただけたらと思います。
同時代のデザイナー同士の関係性という点では、特にヴィンテージ家具のメイン市場であるミッドセンチュリーのデザイナーにおいて、フランスを代表するル・コルビュジエの存在は、やはり大きいと言えます。コルビュジエはモダニズムの象徴であり、当時から現在に至るまで彼の与えた影響は計り知れません。コルビュジエの存在が無ければ、大袈裟な言い方をすると現在の建築の形はなかったとも言えるかもしれません。彼が提唱した「近代建築の五原則」は今となっては当たり前に日本の街並みの中でも見ることができるかもしれませんが、機能的・合理的であるモダニズムという思想そのものがコルビュジエの存在の大きさを感じることができますし、世界中の建築家が彼の影響を受けています。例えば、当時のブラジルの建築家であるルシオ・コスタやオスカー・ニーマイヤーがわかりやすいのですが、本展にはありませんので、ぜひお見かけの際は見てみてください。
北欧に関しては私からは専門的なお話は難しいのですが、実は一括りにし難いところもあり、デンマークとフィンランドを比べるだけでも意外と異なっています。デンマークは機能性、フィンランドは自然との親和性を重視したつくりの違いがあるように感じられるのです。
デンマークは、国が国民を豊かにすることを目的とし、「高品質・低価格・高機能・優れたデザイン」を掲げた家具を製造したところから、現在のようなシンプルで機能的なデザインの家具が製造されるようになったと言われています。
対してフィンランドを代表する建築家、アルヴァ・アアルトは、豊富にあったフィンランドの資源で家具をつくることにこだわります。その中にモダニズムの考えを取り入れることで、自然との親和性を高めた上で機能性を実現することを目指しました。彼はマーケティング力にも長けていたのですが、紙幣のデザインに掲載されたこともあり、国を経済的に豊かにしたデザイナーとして今でもファンの多いデザイナーですよね。デンマーク・フィンランドともに、バウハウスの影響を受けているところは共通項かもしれません。
これらに対して、フランスのヴィンテージの場合、特に私共が取り扱っている建築家の作品ではコントラクト系、つまり納品先のデザインに合わせてその都度デザインを起こして制作・納品するといった、建築や土地そのものを重視して寄り添った仕事が多く見られるといった違いがあります。また、ブラジル家具の特徴を挙げるとなると、その雄大さや自由な曲線、何より移民の多い土地柄からか、さまざまな文化的背景を感じることができる家具が多いようなイメージがあります。
それぞれの椅子とデザイナーについて
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- LC01 / Le Corbusier, Charlotte Perriand, Pierre Jeanneret
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- この椅子は、ル・コルビュジエと、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンとの共同デザインの椅子です。スリングチェア、バスキュランチェアとも呼ばれる、20世紀に作られた椅子の中でもマスターピースのひとつに数えられます。
背もたれが姿勢に応じて動くのが特徴で、アームはフレームに厚革を掛けただけのシンプルな構造。快適性・シンプルな構造・佇まいの美しさなどから、発表から約100年の時を経てなお人々の生活を支え続けている、素晴らしく合理的な椅子です。
出展の椅子は1960年ごろにカッシーナ(Cassina ixc.)が製造したヴィンテージです。なおカッシーナの前は、ミヒャエル・トーネット(Michael Thonet)というドイツの工房・製造所が制作しており、かなり個体数が少ないのですが、それが出てきたら美術館級と言えますね。今回の個体は、そのすこし後のものです。
デザイナーが連名であることが気にかかるかもしれません。これはコルビジェの事務所にペリアンとジャンヌレがいた時のもので、主なデザインはペリアンが行なっていると言われていますが、先導者かつ代表者であるル・コルビジェの頭文字をとってLC01と名付けられています。当時から、クレジットに他二人の名前は入っていたのですが、ル・コルビジェのネームバリューが重視された結果、彼の椅子と言われるに至ったという、マーケティング的な理由で名付けられた側面もあるとも考えられていますが、ペリアンやジャンヌレはあくまで事務所に所属している建築家であるので、コルビュジエのクレジットになることは自然なことだと思います。
- 02
- Girafa Chair for the Bread museum / Lina Bo Bardi
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- リナ・ボバルディはイタリア出身ですが、その後ブラジルに渡って活躍した女性デザイナーです。ジオ・ポンティのもとで仕事をしていましたが、旦那さんの転勤などに伴い移住しました。建築家としてのキャリアは移住後、32歳ごろから始まっているため、ブラジルの建築家・デザイナーとされています。
この椅子は元々、ブラジルにいる、アフリカのベナン共和国の方々のためのレジデンスのレストランにデザインされたものです。まさにアフリカに住むキリンのようなデザインで、土地に馴染む佇まいです。1980年代後期に作られ、極めて数が少なかったものですが、一般向けにも製造されました。
今回出展の椅子はバラウナ工房から直接仕入れたもので、フランスにあるパンの美術館の内装を作った時にリデザインされた際の個体です。そのため、オリジナルとは木種とサイズが異なり、かなり母数の少ないものとなっています。
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- Z Chair / José Zanine Caldas
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- ジョゼ・ザニーネ・カルダスは、ブラジルの建築家・デザイナーです。日本ではまだ見かけることが少ないですが、世界的にはとても人気が高く、当時の他のデザイナーと一線を画す独自のデザインで注目されています。
カルダスは、ノヴァ・ヴィソーサというブラジルの漁村付近に医師の息子として生まれました。幼少期から身の回りにある樹木や自然と親しんできた彼は、正規の教育は受けていないものの、建築・デザイン・彫刻・大工など、素材を生かしたものづくりで様々に活躍しています。リオデジャネイロに移り住んでからは、ルシオ・コスタやオスカー・ニーマイヤーといった同時代を牽引するデザイナーたちとも交流してモダンデザインを学び、建具会社「Móveis Artístico Z」を設立して大衆向けの大型家具などを多く手がけました。今回お持ちした椅子もこの初期の作品で、まだ彼が自分の工場を持っている時に作られました。
そんな彼の転機となったのが、故郷に戻って目にした森林伐採や環境破壊の悲惨さを目の当たりにしたことでした。この頃から、倒木から船や家具を彫り出して作る地元の職人にインスピレーションを受けたプリミティヴな作品を手掛けるようになります。倒木を利用したり、丸太を切り出したり、独自の手法で環境保護を訴える家具を制作しており、現在では後期のこういったデザインが代名詞となっています。
デザイナーの制作環境という点でいうと、ペリアンのようにギャラリーに所属して作る時があった方もいれば、リナやカルダスのように自分で工房を持つ人もいて、それぞれに異なりました。それぞれの椅子が作られた景色を想像したり、実際に訪れたりするのも、面白いかもしれません。
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- Standard Chair / Jean Prouve
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- ジャン・プルーヴェはフランスの建築家であり、またデザイナーとも言われていますが、本人は、自分はそのどれでもなく、構築家である、と名乗っており、まさしくその通りだと考えられる人物です。物事の表面や部分ではなく、構造そのものを重視し、俯瞰的に対象と携わることを心がけていたようです。そのため、建築家やデザイナーと自分とを明確に切り分けて、それぞれの役割をこなす独自のスタンスをとっていました。
この椅子は、プルーヴェを代表するデザインの一つです。大胆かつキャッチーなデザインと、学校や図書館など大衆が使用する過酷な環境でも長く使えてリペアが容易であるという高い機能性を両立する彼の椅子は、まさに構造全体を手がけた結果として形作られているようであり、その完成度の高さから、モダニズムデザインの最高傑作の一つとされます。
たとえば、いぐさを用いた椅子はそれを編むことができる職人が少なく、担い手も減ってきているため今後は衰退していってしまう可能性があります。対してプルーヴェの椅子は素材一つ一つに代えが効き、また製造方法がシンプルであるため、どこでも誰でも修理して今後もずっと続いていくだろうという力強さを持っています。
子どものように背もたれを後ろに倒して楽しむのが好きだったプルーヴェは、その感覚を活かして後ろ2本の脚に重心を傾けても破損しないデザインを手掛けたと言われています。また、いたずらでネジを外されないようにカバーがあることもポイントです。製造年度によってはカバーがないものや、全てバラバラに分解できるモデルもあり、また戦時中は完全木製のものもあるなど、時代と条件に合わせて可変なところも優れています。
プルーヴェはコレクターが多く国内流通が少ないこともあり、引き続き高額な状態が続くと思われます。市場価値は安定しているけれど、市場価格は安定していない作家といえるかもしれません。
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- No.19 Chair / Charlotte Perriand
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- シャルロット・ペリアンは、フランスの女性建築家です。コルビジェの事務所でキャリアを積み、独立しました。
このデザインが最初に発表されたのは1939年で、1935年に「ラ・メゾン・デュ・ジューヌ・オム」のためにデザインされたNo.21のラウンジチェアをリデザインした作品です。カタログに掲載されている品番が19番目だったことから通称がNo.19となりました。
フランスのフォークアートチェア、すなわち民藝の椅子をモダンな形に昇華させた絶妙なデザインで、背は若干傾斜がつけられていますが、後ろに重心がかかり過ぎることのない、ペリアンらしいデザインの名作です。
ペリアンは、家具というと木や籐あみがメインであった時代に、鉄、金属、レザー、ガラスといった新素材を用いることに興味を持っていました。しかしコルビジェの合理を極める思想に触れる中で、それだけでは人々の生活はより良く変わらないと感じた彼女は、自身の趣味であったスキーや、農家、羊飼いの家といった、日常生活のシーンで用いられる家具に着目し、その要素を取り入れたデザインを発表していきました。羊飼いの乳搾り用のスツールから着想を得た3本足のスツールなどは非常に有名です。
この椅子もLC1と比べると非常に牧歌的な印象があり、ペリアンの精神性をよく表しています。人々を幸せにしたいという意志の中で制作した一点であることが感じられるようです。それだけに当時から愛用されたと考えられることができ、
製造数も多かったようで、一般に広く流通したと思われます。
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- daybed L06A / Pierre Chapo
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- ピエール・シャポは、他のデザイナーと比べて、建築家としての活動はなく、純粋な家具デザイナーといえます。(個人邸などの内装は行なっているのでインテリアデザイナーとしての仕事も手掛けていたと考えられます)
現代の細分化された仕事のジャンルにおいては、建築家がいて、さらにデザイナーがいて、と分業するのが一般的ですが、モダンの初期の頃に活躍した建築家の時代には、そのように完全に分離した職業はほとんど存在していませんでした。コルビュジエ、リナもそうであるように、建築家が家具のデザインもするということが多かった時代です。そんな中シャポは基本的に家具のみを手掛け、家や別荘に組み込まれた様な形で直接設置する「メイド・トゥー・オーダー」を多くデザインしています。
出展のデイベッドは、1960年にデザインされました。必要に応じてツインベッドやコーナーベッドにカスタムすることができるように考案されています。当時のシャポは、いかに空間を有効に使うかだけでなく、家具を所有する顧客の住環境や、資産状況にまで着目し、様々なオーダーを受けられるように多彩なモデルを考案していたといいます。これは、その中で生み出された作品です。
自らの手で制作する家具職人という立ち位置で、知名度の高い似た人がいるかというと、意外といないのではないでしょうか。
彼のデザインは非常にシンプルで、日本のモジュールにも合うためすでに人気がありますが、今後ますます高まっていくデザイナーかもしれません。畳に合わせたインスタレーションを手がけたこともあります。ヴィンテージでも、自分の家にあうものを探しやすいデザイナーです。
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- Ring Chair “Anneaux” / Maria Pergay
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- この椅子は、ペルゲイが1968年にステンレスを用いた家具コレクションを発表した際に含まれていたモデルです。ファッション・デザイナーのピエール・カルダンが大絶賛し、そのコレクションごと買い上げてしまったという逸話までもが残っています。
彼女がオレンジの皮を剥いているときに思いついたというこの椅子は、彼女を代表する作品のひとつで、非常に個体数が少ないため、近年のオークションでは大変な高値がつき、注目を集めました。
ペルゲイはルーマニアで、ロシア人の両親の元に生まれました。フランスに亡命しているため、フランスのデザイナーとされます。銀細工職人としてキャリアを初め、スチールから叩き出して作り上げる家具で名を馳せました。ピエール・カルダンに認められたのちは、ジバンシィ、フェンディ、クリスチャン・ディオール、ジャック・ハイム、サルバドール・ダリなどからも作品を依頼されたとされ、サウジアラビア王室のためにもデザインを手がけるなど、多岐にわたる活動で知られています。
ペリアンが大衆向けのデザイナーだとすると、ペルゲイは貴族や富裕層といった、持つ人を選ぶデザイナーであり、座り心地ではないところで評価を受けたと言えるかもしれません。
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- deck chair / Kenzo Tange, Genichiro Inokuma & Lina Bo Bardi (Brazil edition)
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- こちらは丹下健三と猪熊源一郎のデザインをもとにリナ・ボ・バルディによってブラジルで制作された椅子です。丹下の自邸でも使用されていたもので、当時の写真にもこれと同じ形の椅子が映っています。丹下自身気に入って手元で愛用していたのではないでしょうか。
構造力学の観点から制作されたであろうフレームに、革でできた座面が貼ってあります。座るとちょうどよく後ろに倒れるハンモックのような感覚があり、見た目以上に快適な座り心地です。
実はこの椅子は、近年までリナ・ボ・バルディの椅子と認知されてきました。実際に、リナ・ボ・バルディが設計したCasa Valéria Cirellほか、リナの建築で多数使用されています。丹下とリナの間には多数の交流があり、そのやりとりの様子などの研究が進む中、リナの財団にも確認したところ、リナ・ボ・バルディのデザインではないことが明らかになりました。国内では私どもの知る限りでは当時の丹下健三の自邸の写真からでのみ確認ができ、長く誤解されてきた作品とも言えます。現在でも海外のギャラリーではリナの椅子としてクレジットされていることもありますが、それが間違いだとも言い切れない面白い作品です。このように、ヴィンテージ家具の中には、デザイナーが誰であるかが不明瞭なものも多数あり、研究が進むことでデザイナーの名前が書き換えられることもあります。日本とブラジル、遠く離れた地でデザインを行う二人の関係性や、混ざり合う感性に想いを馳せるのも良いかもしれません。
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- MR20 / Mies van der Rohe
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- こちらは1960~70年頃にステンディング社(Stendig Design)が製造した、ミース・ファン・デル・ローエのアームチェアです。ドイツのシュトゥットガルトで開催されたヴァイセンホフ展への貢献の一環として、1927 年にデザインされました。この椅子のカンチレバー デザインには、当時、革新的な技術であったクロムメッキの管状スチールが使用され、手編みの天然籐と組み合わせることで、対照的な素材でありながら親しみやすいデザインに仕上げています。
ミース・ファン・デル・ローエは、モダニズム(合理主義)3大巨匠と呼ばれ、モダンの幕開け時代に活躍したデザイナーです。この椅子のように、サスペンションの力で体を支えるカンチレバー構造などは、まさにその名を代表するもので、発表して100年経っても人気を保ち続ける美しさも相まって、マスターピースの一つと言えるかと思います。
なお、カンチレバー構造自体はミース以前にマルト・スタムが取り入れており、どこかのパーティでスケッチを見たミースが特許をとったとも言われています。金属製の椅子という点では、マルセル・ブロイヤーが先んじており、これらの先人たちを踏まえてこの椅子ができたと言えます。
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- Chair “Sing Sing Sing” / Shiro Kuramata
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- こちらの椅子は、倉又士郎が手がけたSing Sing Sing Chairです。1985年に日本の寺田鉄工所によって製造され、フランスのXO社によって販売されました。座面と背もたれを形成するエキスパンドメタルが溶接された鋼管構造で構成されています。洗練されたデザインとミニマルなライン、倉俣の実験的な情熱と作品の特徴でもある重力から解放されるかのような浮遊感も感じることができる名作です。
倉俣史朗は日本を代表するインテリアデザイナーであり、空間デザインの名手です。利便性よりもデザインに重きをおくところがあり、部分的にかなり鋭利であったため納品先から危険性を指摘された際、デザインを優先してなかなか変更しなかったという逸話もあります。プルーヴェやモダンの時代のデザイナーたちの多くは構造の中に美しさを見出しましたが、倉俣はビジュアルの中に美を見出していたという比較ができるのではないでしょうか。
おなじ日本出身のデザイナーにおいても、時代は変わりますが剣持勇は構造を考えているデザイナーですが、倉俣はその外で、非常に自由に、イメージを優先してものを考えているように思われます。それは、ミス・ブランチのような、究極に脆い椅子にも見られる傾向です。当時は、浮遊感や宇宙空間などに思いを馳せていた時代でもあり、この時代を生きたデザイナーの手によるものということが伝わってくる様です。まさしく時代を反映したデザインであると同時に侘びや寂びの概念とは異なる日本的な美しさを感じられる作品を多く手がけています。
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- Clamb Chair / Arnold Madsen
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- 貝からインスピレーションを得てデザインされたこのクラムチェアは、最近まで、デンマークの建築家「フィリップ ・アークテンダー」をはじめ、様々のデザイナーが手がけたと言われてきましたが、最新の研究でアーノルド・マドセンが手がけたものであることが明らかになりました。「二枚貝=クラム」の名前の通り、貝殻のようなキャラクター性のある作品であり、今回の展覧会の海辺にあわせてお持ちしました。1944年、マドセンはコペンハーゲンのゴッテルスガデにある小さな地下工房で「クラム」チェアをデザインしました。
デンマーク的な民藝の要素とフレンチのキャッチーな雰囲気がミックスしたような部分もあり、いわゆるデンマークモダンとは一線を画す、コレクションとしても、インテリアに組み込む存在としても、素晴らしい佇まいの椅子です。
おわりに
最後までお読みいただきありがとうございました。
第一回のフランス・ヴィンテージに続き、今回は新たにブラジルや北欧のデザイナーたちに関してもお伝えさせていただきました。ミッドセンチュリーという大きな時代の流れの中にありながら、それぞれの土地柄・それぞれの信条に基づいた個性的で優れたデザインを生み出してきたデザイナーたちを思うと、椅子一点一点がさらに味わい深く、また愛おしく感じられるようです。
ヴィンテージ家具の魅力の一つは、その時代の空気を豊かに含み、私たちに人間の歩んできた歴史を感じさせてくれることであり、またそれを受け継いで未来を作っていく自身を自覚させられることでもあるかもしれません。
SCÈNEでは今後も、たくさんの方々にヴィンテージ家具やアート、人の心やものが生きてきた時間が日々にもたらす豊かさをお伝えできるよう、様々な展覧会を企画して参ります。
皆様にお楽しみいただけましたら幸いでございます。
※当時の建築家、デザイナー及びその作品は不明瞭な点も多く、本記事におけるご案内は現在(2024年12月19日)の見解に基づくものとなります。
インタビュー:山本菜々子、文・構成:小澤茜