JOURNAL SCÈNE 3

INTERVIEW w/
SHINSUKE KAWAHARA

INTERVIEW

SCÈNEアーティスト インタビュー
日常の積み重ねが、美につながる~河原シンスケさん

SCÈNEで展示を行うアーティストに、SCÈNEディレクターの山本菜々子とアドバイザーの田辺良太がインタビューを行う本シリーズ。今回は、うさぎのモチーフ作品をはじめ、ハイブランドとのコラボ作品やサロンレストランのオーナーデザイナーとしても活躍している河原シンスケさんに、作品に対する思いや日常に潜む美意識などについてお話を伺いました。

最初に国際線で行った海外がパリだった

田辺
シンスケさんの絵は、アートスクールで習ったという感じがしないところが魅力なんですよね。
河原
僕は、いわば軌道から外れているんですよ。僕のサロンレストラン「usagi」(今回の取材場所である紹介制の隠れ家サロンレストラン。食器や調度品、内装の隅々にまで河原さんのこだわりがつまっている)も、「何食なの?」と聞かれると答えに困ります。感じることや勘を大事にしていて、物事を分析したりカテゴリーで捉えたりしてないんです。
山本
誰も知り合いのいないパリに行ってから、今に至るまでの経緯を聞かせてください。
河原
初めて国際線の飛行機で行った海外がパリで、そこから30年以上住んでいます。実家はとても日本的な家で、なんのツテもないままパリに行ったところから今の自分の道が開けたと思います。1960、70年代の日本は、東京オリンピックや万博があって、新しいものがいいもので、先しか見てないという時代でした。今みたいにインターネットもなくて、情報はほとんど映画や本から得ていました。テレビでは「兼高かおる 世界の旅」を一所懸命見ていましたね。
田辺
僕も見ていました! PAN AM提供でしたよね。
河原
高校生まで実家にいて、外に出たい、海外に行きたいと思っていました。好きだった文学や映画、音楽の影響でフランスやイギリスに憧れていました。

パリで出会ったアンティークポスターのディーラーのレオンが、日本で培ってきた価値観を変えるきっかけになりました。彼には20歳以上若い奥さんと生まれたばかりの子供がいて、家にあるものは椅子からお皿、スプーンに至るまで1つひとつがアンティーク。「家にあるものは、すごく高くはないけれど、どれも時が経っても売れるような、こだわりを持って丁寧に作られたものだ」と彼が言ったんです。もし奥さんと子供が残されて困ったときは、ここにあるものをお金に換えられると。そんな彼の話を聞いて、ものの見方が変わりました。自分の作ったものが、数十年後にゴミになるか、誰かが好きで持っていてくれるか、そんな風に考えるようになりました。

いいものを長く大事にする美しさ

山本
ヨーロッパ各国の大使館に行くと、フランスならディオールの香水が洗面所に置いてあったり、椅子がル・コルビュジエだったり。機能だけじゃない美意識を感じますし、アーティストや職人を大切にしようという敬意があるように思います。
河原
日本も元々そういうところはあったけど、今はパーセンテージが低いんですよね。日本にもかつて北大路魯山人のように1つのカテゴリーに収まらない人や梅原龍三郎のように日本的な家屋とミッドセンチュリーのデザインを合わせた和洋折衷な暮らしをしていた人もいたし、いいものを大事にしてきちんと生活する美しさがありました。その後、ものを消費するアメリカ的な考えで、新しいものが良いものという社会になっていきました。
山本
それは今の日本のアートやファッションの選び方に通じるかもしれません。日本は既に価値が確立されているブランドものなど、人がいいと言ったものをいいと言う傾向があるように思いますが、ヨーロッパでは自分の見る目が問われると感じます。私は日本が大好きですが、ヨーロッパのそういうところはやはり文化として豊かで素敵だなあと思うし、自分の中に取り入れていきたいですね。
田辺
ヨーロッパでは自分の見る目がないと、逆に恥ずかしい。誰がなんと言おうと自分がいいと思うものをいいと言う文化があります。アメリカは新しい国だから、新しいものを作って消費する社会なんですよね。日本も戦後アメリカの占領下に置かれてから変わっていったように思います。
河原
今、僕は日本で工芸をやっている若い人たちと仲良くしています。工芸には、歴史も技術もあって、彼らはそれを守っている人たちです。考えることは面倒だけど、面倒なことをやる大事さがあります。どうしても便利すぎるものは、美から遠ざかるというか。面倒でも考えることで何かが変わるきっかけになると思います。
山本
私がSCÈNEを作ったときも、自分の判断に対して対価を払うことの贅沢さや価値をもっと共有したいと思いました。考えて自分の価値観を育てるのは手間だし時間もかかることですが、やる価値のあることだと思います。

フィロソフィーをどう表現するかが大切

河原
アーティストとしては考えているコンセプトやフィロソフィーをどう表現するかが大切なんです。おいしいたこ焼きのお店も、ファインアートも共通していて、そのことについてずっと考えているから、他よりもおいしかったり、いいなと思ったりするんです。より深く考えることが、「説明できないけど何かが違う」の何かにつながるんです。
田辺
今は考えることまでAIなど機械に委ねている部分もありますが、ちゃんと考えたり感じたり、人間らしくあるべきですよね。暑いとき、エアコンをつければ涼しくなりますが、道に水を撒くとか、風鈴の音を聞くとか、昔の知恵は情緒がありました。最近は若い人の中にも、そういうことを感じ始めている人が増えたと思います。
河原
頭脳と肉体の両方が大事だと思います。例えば、近年は酷暑続きと言われていますが、僕個人は暑いからといってそれをそのまま憂いたり文句を言ったりはしません。暑いかどうかは自分で決めますし、暑い夏に耐えられる強い体を作ればいいんです。人の意見に流されて自分の判断基準を失ってはいけないと思います。
田辺
アーティストはある意味「軌道を外れている」ことが魅力で、アーティストが「人間らしさとは何か」を表現しているのを見て、見た人が心豊かになれることがアートの役割だと思います。
 シンスケさんが、日本のいいものを取り入れたり、パリのものを持ってきたり、絶妙にミックスしているのも作品の魅力ですよね。
河原
僕は欲張りなんです。人生は一回きりで、できることは高が知れています。だから、できるだけのことをして、たくさんの人に会って、食べたことのないものを食べて、消化して栄養にしていきたいんです。作品を作るときは、やはり経験が影響します。テクニックではなくコンセプトを大事に、作品を作りたいと思っています。
山本
SCÈNEを作ったときも、あえて日本にあるギャラリーは見に行きませんでした。今まで訪れた世界中のギャラリーや美術館のよいところを思い出して、基本的な作法は専門家にご教授いただいて、私があったらいいなと思う場所を作りました。

うさぎの「Forme」のおもしろさ

山本
今回の展示は「Forme(フォルム)」というタイトルですが、コンセプトをお聞かせいただけますか?
河原
ベースとしてうさぎというテーマで作品を作っていますが、まずうさぎのフォルム(かたち)がおもしろいということがあります。あとは日本の工芸の人たちと過ごしていると、漆でも竹でも、マテリアルとフォルムを決めることが重要で、そこにミニマルでクリーンな力強さがあると感じます。それを作品に取り入れたらどうなるか、挑戦してみたいと思いました。
田辺
シンスケさんの作品はうさぎをモチーフにしたものが多いけれど、そもそも、なんでうさぎなんですか?
河原
初めてシャルルドゴール空港に着いたときに、滑走路の周りの草むらで何かが動いていて、よく見たらそれはたくさんのうさぎだったんです。初めてのパリでドキドキしていた自分を、なんとなく歓迎してくれているような気がして励まされました。  また、この前ケニアに行ったときにマサイ族のガイドの案内でサバンナに行きました。そこで置いてきぼりにされたら、きっと僕たちは死んでしまいますよね。自分たちは文明人で進化しているような気がしていますが、実は退化しているのかもしれない。そんな自分たちを受け入れて、どのように生活していくかを考え、サバイヴしていくことが大事だと自分自身は思っています。
田辺
不便な中に本物があるというか。昔は鰹節を削って出汁を取っていたのが、今は出汁パックですませる人も多いです。もっと手間をかけたり、生活すること自体を楽しんだらいいなと、ふと思うこともあります。人生の楽しさを、もっとゆっくりと眺めることで豊かになれると思います。
河原
パリに着いたばかりの頃は、見たことのない色のゴミを集めて、作品に生かしていました。人の要らないものも、自分には大事なものになり得ます。例えば、テーブルにできたシミも、嫌だと思えば嫌なシミになってしまうけれど、同じようなシミを隣につけたらどうなるか、たくさんつけたら模様になるとか、いろんなことをもっと柔軟な頭で考えてみるといいんじゃないでしょうか。
 このお店の椅子はアスナロの無垢材でできていますが、床には合板を使っています。高いからいい訳じゃなくて、素材をどう見て、どう扱うかなんです。クリスタルもインダストリアルのガラスもそれぞれにいいところがあって、何をどう使うかは自分の目で見て判断します。テクニックに頼った作品より、自由に迷わず子供のようにできたものが、いい作品なんだと思います。

直に会う、直に見ることの大切さ

田辺
アートは、既成概念を取り払ってアーティストが示してくれるものを見るのが楽しいんです。僕はピカソが一番好きですが、ピカソは上手いけど自由に描ける、その塊の人ですよね。そんな作品を見ると、生きててよかったと思います。ピカソの言うように、「子供の絵は素晴らしい。いかにそのままでいられるかが問題だ」ですよね。
山本
私も人の目を気にしすぎていた頃、アート作品を見てアーティストの我が道をいく生き方に憧れました。アーティストが唯一無二であることの重要性を感じますし、そんなシンスケさんに会うと、すっと背筋が伸びる思いです。
田辺
それと作品はやはり生で見てもらいたいですよね。本物の持つパワーとかオーラはその場に行って見ないと感じられませんから。愛情のこもったものや料理、心のこもったアート作品に囲まれることも大事なことだと思います。
河原
僕がデザインしたウサギの耳の形の椅子を作ったときも職人さんと直に会って心を通わせることで、いいものができました。日本だけでなくパリでも同様で、例えばエルメスのpetit hのときもそうでした。やはり直に触れて気持ちを伝え合うことは大事ですよね。
山本
今回のSCÈNEでの展示も、とても楽しみです。今日はありがとうございました。

文・構成:山下千香子
写真撮影:石塚定人
撮影協力:Usagi

SCÈNEからの質問

Q.河原さんにとって美とは?

日常です。
毎日の積み重ねの意識が美を作ると思うから。

Q.河原さんにとってアートとは?

楽しむこと。
作る側にとっても見る側にとっても、楽しむことが大切。

PROFILE

河原シンスケ

80年代初頭よりパリを中心にアーティスト活動を開始。
様々なインターナショナル企業とのコラボレーションも精力的に行っている。
また、サロン「usagi」のコンセプターでもある。

〈主な展覧会など〉
ファベルジェのアニメーションフィルムを、ポンピドーセンターで上映
パレ・ド・トーキョウや国立ダンスセンターでの作品発表
La Rochelle のリゾートホテル「cote ocean」の総合デザイン
サントリーHIBIKI招待アーティストとして、パリ、ロンドン、NY等で展覧会開催
エルメス本社「プチ-h」で世界一点ものデザイン作品発表継続中
日本橋富山館で、富山蛭谷和紙での屏風絵を発表
Line スタンプ「パリラパン&ネコジャン」をソニーデジタルエンターテイメントより発表
2016年10月京都国際映画祭で西本願寺行徳院で展覧会
2016年末サントリープレミアムモルツとコラボレーション

ARCHIVE

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EXHIBITION