JOURNAL SCÈNE 6

A Lecture on the Mid-Century Furniture by Satsuki Sasagase

INTERVIEW

展覧会 l’art de vivre -住まいと美- ヴィンテージ家具の勉強会 – Objet d’ art 笹ヶ瀬皐さん –

SCÈNEでは2023年3月17日から4月17日まで、展覧会”l’art de vivre-住まいと美”を開催いたしました。 今回の展覧会では、江戸川区にあるギャラリー「Objet d’ art」様にご協力いただき、フレンチミッドセンチュリーを代表するシャルロット・ペリアンが手掛けた南仏のスキーリゾート、レ・ザルクの家具を中心とした建築家の手によるヴィンテージ家具と、5名のアーティストによる絵画作品を展示いたしました。 会期中には本展の家具のキュレーションをお願いしたObjet d’ artの笹ヶ瀬皐さんを講師にお招きし、お客様と共にヴィンテージ家具について学ぶ会を開催いたしました。この会がありがたいことに大変好評であり、お越しいただけなかった方々からもたくさんのリクエストを頂戴しましたので、皆様にもご共有したいと思い、記事にいたしました。 見たことはあるけれど、「ヴィンテージ家具とは?」と不思議に思われている方にも、普段から親しまれている方にもお楽しみいただけるような内容になっているかと思います。 お客様や司会進行者の質問に笹ヶ瀬さんにお答えいただく形でご紹介いたします。展覧会のお写真と共に、ご覧くださいませ。

ヴィンテージ家具は、ただ年季が入っただけの家具ではない

Q:
まずはヴィンテージ家具とアンティークとの違いについて教えて下さい。
A:
さまざまな考え方がございますが、私たちの場合、アンティークは100年以上経過したもの、ヴィンテージは80年代よりも前のものとみなしています。ただし、例えば1920年代につくられた初期のバウハウス(注1)の家具もヴィンテージと分類されるように、必ずしも年代のみで分けているわけではないのですが、年代は一つの指標となります。
Q:
家で私達が使用している家具も古くなればヴィンテージになると思うのですが、今回展示されているような、市場で流通しているヴィンテージ家具との違いはどこにあるのでしょうか。
A:
大きな違いはデザイナーズヴィンテージかどうかにあると思います。ヴィンテージ家具の中にはデザイナーがはっきりしていない、“Anonymous”というものもありますが、今回展示している家具はデザイナーがはっきりとしている、デザイナーズヴィンテージと言われるものです。中でも、今回の展覧会ではマスターピース(傑作)と呼ばれる作品を多くご用意いたしました。

それまでのデザインに革新をもたらしたモダニズム

Q:
私はヴィンテージ家具というものにほとんど触れたことがなく、どの家具も似ていて見分けがつかないようにも感じられるのですが、それはどうしてでしょうか。
A:
それはモダニズムというムーブメントの中で同じような思想のもとでデザインされた家具だからといえるのではないでしょうか。同じ時代、同じ思想に基づいて作られたものであれば、似通ってくるのは自然なことであると考えられます。また、今回展示しているものは作られた時期が近いものが多いですが、例えば金属を良く使うジャン・プルーヴェの家具も、戦時中に作られたものは鉄不足に伴い脚に木材を使ったものを置いています。そういったところも、似ていると思われる理由かもしれません。
Q:
モダニズムとは一体どのような思想なのでしょうか。
A:
モダニズムというのは、つまり、合理主義のことです。それまで主流だった華美な装飾としての家具から、モダニズムにおいては、合理性や大衆性が求められ、大量生産が可能で、輸送が簡単にできるように解体ができる家具が多く作られました。例えば、プルーヴェの作品は組み立てができるものとなっているのと同様に、ペリアンのテーブルも天板の部分が取り外せるようになって輸送が簡単にできるようになっています。人の暮らしをより快適に、より良いものにしようとした時代がモダニズムで、そこからさらに自由度を求めたものがポストモダンです。主なデザイナーをあげるとしたら、もちろん他にもいますが、倉俣史朗やフィリップ・スタルクなどが挙げられます。

シャルロット・ペリアンによるレ・ザルクの家具を中心とした家具のキュレーション

Q:
今回の展覧会はどのような家具を展示しているのでしょうか。
A:
今回は、ペリアンがデザインした南仏のスキーリゾート、レ・ザルク(注2)のためにペリアンがデザインをした家具をメインにキュレーションしました。また、他にも、一部例外はありますが、ペリアンと関わりのあった人々がデザインした家具を扱っております。
Q:
ここにある家具は同じモダニズムの時代に作られたということですが、その時代についてお話しを伺えますか。
A:
ペリアンがル・コルビュジエの事務に入所した当時、モダニズムはまだ確立しておらず、装飾が華美なものが良いとされていた時代でした。そのような時代において、ペリアンはコルビュジエの謳っていた合理性や大衆性に共感し、コルビュジエのアトリエに入所し、コルビジエの従兄弟であるピエール・ジャンヌレとコルビュジエと共に、3人共同で仕事をしていくことになりました。そこではペリアンはスチールや革、ガラスといった当時の新素材を使い、規格化されたLCシリーズという家具を生み出しましたが、実際には、大量生産可能なこのモデルは、高価なことから多くの人の手に届くものではなく、決して大衆的なものではありませんでした。 諸説あるものの、1938年頃、ペリアンは独立し、1940年には戦火の最中、坂倉準三の推薦により日本の輸出工芸指導の装飾美術顧問として来日しました。ペリアンはそこで、日本の地面に近い低座な暮らしや、民藝、畳や、備え付けの収納などの日本独自のモジュールを熱心に研究したと言われています。Nuageは修学院離宮の霞棚から着想を得た作品で、日本から影響を受けたことがよくわかるものとなっています。

建築家が家具の制作を手かげていた時代

Q:
建築家というと建物を設計する人という印象が強いですが、ここにある家具は建築家がデザインしたものですよね。
A:
当時は建築家が家具をデザインするのが当たり前の時代で、いわゆる家具デザイナーという人がいませんでした。大きなプロジェクトがあると、建築家は建物だけでなくそこで使う家具もデザインすることが普通だったのです。 レ・ザルクは2020年あたりに大規模なリノベーションが入りました。この年はプロジェクトのスタートから約50年経過していたということもあり、老朽化が進んでいましたが、建物の外側はそのままに、内側のみのリノベーションが進められました。ペリアンの場合、その功績がすでに評価されていたため、家具が破棄されることなく、地元でオークションでかけられたりディーラーが買い付けたりしたため中の家具が保全されましたが、殆どの場合、建物が取り壊される際には、家具は捨てられてしまっていて、運よく保全された個体数は少ないと思います。
Q:
ペリアンのスキーリゾートのようにプロジェクトのためにデザインされた家具以外にも、一般家庭向けの製品として作られた家具もあるのでしょうか。
A:
一般家庭向けにデザインされた家具もありますし、プロジェクトのために作られた製品のデザインをそのまま転用して一般家庭向けに販売していることもあります。プロジェクトでいうと、ジャンヌレの有名なEasy Armchairはインドのチャンディーガル都市計画(注3)から出てきたものです。

工夫の詰まったジャン・プルーヴェの作品

Q:
プルーヴェは、国立新美術館で展覧会が開催されるなど、最近よく名前を聞くようになりましたが、どのような人物なのでしょうか。
A:
先程も話したように、当時は建築家が家具をデザインするのが当たり前で、いわゆる家具デザイナーという人がいませんでした。その時代においてもプルーヴェは、建築もするが、自身はあくまで“構築家”であると謳っており、建築に関してはほとんどジャンヌレのアドバイスを受けながら進行させていました。 今回の展覧会ではプルーヴェの作品は4点扱っています。その中で最も有名なものはStandard Chairと言われるものです。また、最も古く個体数の少ないものは、CPDE Arm Chairです。こちらは、戦前にプルーヴェがアトリエを構えた初期の頃の作品で、鉄が不足する前のものです。その後に、Gueridon Basコーヒーテーブルやダイニングテーブルといった、木製の家具が第二次世界大戦のさなか、鉄が不足した時代に作られました。その頃になると、輸送が簡単なものづくりにフォーカスされ、部品がバラバラに解体できるようになっています。
Q:
プルーヴェの椅子のネジは少し変わっていて、穴が2つあいているものが使われていますが、それはなぜでしょうか。
A:
諸説ございますが、労働者のための部屋や学校など、公共施設に納められた家具はいたずらで解体されないための工夫として2ホールのネジが使用されています。Dismountable ChairやNuageも初期のものは大体マイナスネジで作られていますが、ネジの構造にアップデートが加えられたと考えられています。
Q:
今回展示しているコルビュジエやペリアンのランプもグリーンのような、グレーのような色味が使用されています。その年代はこのようなグリーンがかった色味が流行っていたのですか。
A:
彼がそのような色味を好んでいたのだと推測しています。しかし、プルーヴェに関しては、アトリエ・ジャン・プルーヴェのカラーチャートを使用していたので独自のものといえるでしょう。
Q:
先程プルーヴェとジャンヌレは関わりがあったとおっしゃっていましたが、プルーヴェとペリアンの親交はあったのでしょうか。
A:
彼らも一緒に仕事をしています。アトリエ・ジャン・プルーヴェで作られた本棚といった家具もあります。これらは木の組み方や、ジョイントの金具などに違いがあり、アトリエ・ジャン・プルーヴェのラベルが貼られていることもあるのでそれで見分けることが可能です。

ジャンヌレによる名作椅子

Q:
Solid Wood and Rush “PAILLE” Armchairについて教えて下さい。
A:
今回展示しているSolid Wood and Rush “PAILLE” Armchair はピエールジャンヌレのデザインなのですが、アームの形や抜きの構造などといったところに違いが見られるものの、21番目のカタログナンバーが載っていたペリアンの作品にかなり類似しています。これはジャンヌレが山荘のプロジェクト請け負った際に、ペリアンのデザインが使いやすかったからなのではないかと推測しています。 他にも、今回は展示していないのですが、ジャンヌレがチャンディーガルのプロジェクトの中でデザインした丸いコーヒーテーブルは、ペリアンのデザインをそのまま借りています。逆に、ペリアンも建築に関してジャンヌレにアドバイスもたくさん受けていたはずです。このように、この年代のデザイナーは家具や建築物など多くのものを共同でデザインするなど、深い交流を持ち、互いのデザインに影響を与えあっていたと思われます。
Q:
ジャンヌレの椅子に落書きのようなものがされているものもありますが、それはなぜでしょうか。
A:
公共施設のような場所に置かれていた椅子であれば、盗難防止とも言えますし、管理・識別番号であるとも言えます。プライベートレジデンス向けに作られたものはレタリングされていないです。中には単純に落書きされただけのものもあるとは思いますが、明らかになっていない部分のものが多いので、落書きの有無で評価が変わることはないです。

ジャンヌレによる名作椅子

Q:
今までのお話を伺うと、ペリアンやジャンヌレはコルビュジエのアトリエで、共同で働かれていたのですよね。 彼は多くの方から称賛されている一方で、以前観た映画の中で、人の建築物に落書きをしている描写などもあり、およそ信じ難いようなエピソードも多く残っています。彼が偉大な人物といわれている理由はどこにあるのでしょうか。
A:
コルビュジエはモダニズムの発展に貢献した、モダニズムの父といえる存在です。彼は画家から建築家としてのキャリアを積み始めました。彼がモダニズムの父と言われる理由には、その卓越した思想にあると思っています。彼は「住宅は暮らすため機械である。」という言葉を残していますが、華美な装飾が施された富裕層のための家具を、住宅の設備に戻したのは彼の功績であると言えますし、コルビュジエなくしてペリアンなしとも言えるほど、彼の思想は多くの人に影響を与えました。
Q:
今回の展覧会は“l’art de vivre”すなわち、「住まいと美」というペリアンの残した言葉にちなんで名付けています。家具を住宅の設備にしていったコルビュジエと、暮らしを美しいものにするというペリアンの思想は一見相反するようにも見えます。コルビュジエはペリアンのどういった部分に影響を与えたのでしょうか。
A:
両者ともモダニズムが根幹にあります。コルビュジエの思想を受け継いだまま、ペリアンは芸術、あるいは美、あるいは美学のようなものを、住宅の中の設備として統合しようとしたというイメージです。

展示作品の中にはレアな代物も…

Q:
次に、オードミネについて教えて下さい。
A:
オードミネは資料やカタログが残っておらず、多くの謎に包まれています。彼らはエイドリアン・オードとフリーダ・ミネという2名のデザインユニットですが、UAM(注4)というデザイン協会に所属していたことや、クリスチャン・ディオールが愛用していたことは当時の写真から確認できます。特徴的な座面の編み方は、オードミネ独自に研究して編み出したものです。素材について、当時は樹皮が使われていましたが、ここに展示されているものは麻で張替え済みのものです。
Q:
続いてピエール・シャポーについて、今回キュレーションした理由をお聞かせください。
A:
彼は建築家ではなく家具職人ですが、ペリアンのレ・ザルクの仕事に影響を受けてデザインをしているので、今回扱わせていただきました。シャポーはフランスではかなり人気で、近年日本でも徐々に人気を博しているデザイナーです。

モデルや色によっても大きく変わる価値

Q:
先程、オードミネの椅子は張替え済みだと伺いましたが、座面の編み方について、何か指南のようなものは存在するのでしょうか。
A:
そのようなものはないかと思います。オードミネ以外にも、チャンディーガル都市計画のためにデザインされたジャンヌレの椅子に関して言えば、当時は格子のような編み方がされていました。現地では、ラタンではなくプラスチックで編まれているものもあります。インドの現地の職人さんが張り替えられるような作りになっているものもございますし、編み変えることは全然悪いことではないとされています。 ヴィンテージを持つことの魅力について、愛着を持って使えるという点が挙げられるのはないでしょうか。
Q:
プルーヴェのStandard chairは沢山の種類がありますが、その中での価値付けはどのようにされているのでしょうか。
A:
価値付けについては、モデルや色味で決められます。モデルで言うと解体できるかどうかが重要で、具体的にはカフェテリアのためにデザインされた、300のナンバーがついているdismountable chairといったものです。カラーで言うとブラックは流通量が多いため、それに比べるとホワイトやブルー、レッドは価格が上がると言えるでしょう。他にはプルーヴェを象徴する若い麦の色のような色味は希少性が高く、有名なハリウッドセレブが探していると言われるほどの代物です。

ヴィンテージ家具の仕入れ方

Q:
仕入れはどのようにしているのでしょうか。
A:
仕入れに関して、私達は少し特殊で基本的には現地まで出向き家具を確認し、買い付けています。長い付き合いのディーラーに情報を頂き、取り置いてもらうこともありますし、物によってはギャラリーから買うこともあります。
Q:
ベルナルド・タイユフェールのソファは、今回の展覧会の中でも非常に好評を頂いた作品です。こちらはどのような経路で仕入れられたのですか。
A:
タイユフェールはペリアンと一緒にレザルクを作った建築家です。彼が自宅で使っていたものを現地のディーラーが買い上げて、私達のところに来ました。

デザイナーが逝去した今でも残る意匠

Q:
ヴィンテージ家具の中には、デザインが規格化されており、現在も家具メーカーによって生産されているものもあります。 そういったものについてはどのようにお考えでしょうか。
A:
そのプロダクトごとに考え方が変わると思いますが、デザイナーの生前に作られたものをファーストエディションと呼び、死後に作られたものについては第2世代、近年作られたものについてはデザインをもとにして作られた贋作というように考えています。しかし、スタンダードチェアやペリアンの椅子などの著作権がしっかりしているものや、オープンソースのものついては、現行品といった考え方をしております。デザインを購入するという意味で現行品を持つというのも一つの選択肢になりますよね。 ヴィンテージとしての価値とデザインとしての価値というものは別のところにあると思っています。例えば、お子さんがいる家庭だと、お子さんが小さいときには現行品を使い、成長して落ち着いたらヴィンテージを持つ、というように生活のスタイルによって様々な選択ができると思います。
Q:
家具メーカーが製造していないモデルもあると思います。そのようなモデルの家具はもう手に入らないのでしょうか。
A:
それについては、ヴィンテージを所有していただくほかないです。実際に今回展示している作品は家具メーカーから復刻されていないものが多いです。 当時のものを保持するということは、それを後世につなげるという義務があると思っています。私達の仕事はこういったものを確実にコレクションしていただける方に届けること。その方が大事に使用し、手放すときに、愛着ごと誰かに手渡していただきたいと考えております。ヴィンテージ家具には、モノとしての価値だけではなく、使用した人の愛着や、その時代が孕んできた色々なものが詰まっていると思っています。

ヴィンテージ家具業界の今後

Q:
今回はヨーロッパのデザイナーがフォーカスされていますが、日本人デザイナーの海外における評価はどのようにされているのでしょうか?
A:
坂倉準三、柳宗理は海外での評価は高いです。しかし、日本国内での評価も非常に高いため、個体数が少なく相場感が作られないので値段が上がらないという状況にあります。
Q:
今回、紹介された建築家の作品のみがヴィンテージという訳ではなく、例えばスタルクなども彼らに続くと考えられるのでしょうか。すでに家具の市場が形成されているため、ある程度取引がしやすいのではと思います。
A:
現代の家具も今後ヴィンテージとして流通する時代が来ると思います。特にスタルクの作品については、すでに評価されており、市場でも価値付けされている印象です。しかし、建築家が作った家具と、デザイナーがデザインをし、メーカーから販売されている家具とではやはり相場感に違いがでます。その理由は絶対数に差があるからです。
Q:
ヴィンテージ家具市場は飽和状態で、値段が上がりきったという話もありますが、今後もヴィンテージ家具の価格は相対的に上がっていくと思いますか。
A:
相対的に上がると考えています。例えば、レザルクのコレクションのこのテーブルは、2,3年前までは30万円ほどで手に入るものでした。現在では信じられないことですが、作品によっては、90年代初頭あたりではリサイクルショップなどで売られているようなものでした。
Q:
今注目しているヴィンテージはありますか。
A:
フレンチヴィンテージで今はまだ注目されていない作家さんの作品も何かをきっかけに脚光を浴びる可能性はあります。今はブラジルの家具にかなり注目していて、コレクションを集めているのですが、絶対数が少ないため、広がりづらく、なかなか市場が作られません。
Q:
ヴィンテージ家具業界の今後について、どのように見ていますか。
A:
ヴィンテージ家具というのは絶対数が決まっており、今後枯渇していく一方であると考えております。ただ、ものとしてはなくなることはないので、著名なコレクターさんが亡くなった際にコレクションが放出されてまた流通することもありますし、建築物が取り壊される際に家具が出回ることもあります。ヴィンテージ家具を保全し、後世に繋げていくことが販売者、購入者としての使命であると言えます。

おわりに

最後までお読みいただきありがとうございました。今回はヴィンテージ家具について、笹ヶ瀬さんによる解説をQ&A形式でご紹介いたしました。作品が作られた当時の時代背景や、建築家同士の人間関係について理解を深められたら幸いでございます。 家具は一緒に過ごす時間の長さだけ、味わいと同時に愛着が深まっていくものです。ヴィンテージ家具の魅力は、作品を制作した建築家や、所有してきた方の愛情や生活の気配、そして時を感じられるところにあると思っております。今までの時代の移り変わりをみてきたその佇まいは、重厚であり、凛とした雰囲気があるように感じます。 SCÈNEでは今後も、たくさんの方々にヴィンテージ家具やアート、人の心やものが生きてきた時間が日々にもたらす豊かさをお伝えできるよう、様々な展覧会を企画して参ります。皆様にお楽しみいただけましたら幸いでございます。 ※当時の建築家、デザイナー及びその作品は不明瞭な点も多く、本記事におけるご案内は現在(2023年6月15日)の見解に基づくものとなります。
インタビュー:山本菜々子、文・構成:山口豊子
(注1)バウハウスとは、第一次世界大戦後、1919年にワイマール共和国に設立された、美術学校のこと。1933年にナチスの弾圧により閉校した。モダンデザインの基礎を作り、建築やデザインなどの分野に大きな影響を及ぼした。 (注2)『レ・ザルク』はフランスのサヴォア県に1967年に建設された初めての一般向けのスキーリゾート。プロジェクトのとめ役として、シャルロット・ペリアンが選ばれた。近年、環境設備の劣化などからリノベーションが多く行われ、当時のまま残っている部屋の多くが失われており、レ・ザルクで使用されていたシャルロット・ペリアンの家具などの希少価値が高くなってきている。 (注3)チャンディーガルはインド北部に位置する、コルビュジエが構想した都市。 (注4)UAMとは現代美術家協会(Union des Artistes Modernes)の略称。1929年に設立されてから1958年に活動を停止するまでに、建築家や画家、写真家などのさまざまな分野のクリエイター約170名が参加し、モダンデザインを追求した。

PROFILE

笹ヶ瀬 皐(ささがせ さつき)

2017年、中里恭宏氏に師事。Objet d’ artのマネージメントに携わり、現在は展覧会の企画やキュレーションを行っている。

Objet d’ art

デザイナーズ・ヴィンテージを中心に、アンティークから現代作家の作品まで、国や年代に捉われない独自の視点から、日本発のギャラリーとして特別なライフスタイルを提案する。 ギャラリーはご予約制です。ご来店をご希望の方は下記webサイトの「CONTACT」よりご連絡ください。その際、「この記事をみた」とお伝えくださりますと、スムーズにご案内ができます。 https://initialjapan-inc.com/objetdart/

ARCHIVE

JOURNAL SCÈNE 5 INTERVIEW w/Hiroko Otake

アートは世界の本質を追求するひとつの手掛かり(大竹寛子)

EXHIBITION